【DJ MIX】Tritonalが手掛けた「Enhanced Music Best of 2020」はMIX CDの教科書的作品だった【EDM】
Tritonal「Enhanced Music Best of 2020」★★★★★
突然ですが、MIX CDというパッケージが廃れて何年ぐらいになるでしょうか。
2000年初頭のHMVやタワレコ全盛期を通過してきた人にとっては、今の現状はとても寂しいものがあると思います。
かといって、DJ MIXというカルチャーそのものが廃れたという話ではなく、単純にCD媒体の出荷量が激減したということですね。
近年になって、音楽系サブスクリプションやポッドキャストを始めとする各種ストリーミングサービスに移行したという事実、これは皆さんもご存知の通りです。
・日本レコード協会の統計によれば2019年の日本の音楽コンテンツ市場は、CDなどのオーディオレコード市場が1,528億円で前年比3%の減少であったのに対し、音楽配信市場は706億円で前年比10%増となった。
・総じて年齢層が高くなるほど音楽配信サービスの利用率は低下する傾向が見られ、現時点では10代〜30代が音楽配信サービス市場を支えていると言えそうだ。
僕自身、DJ MIX制作には現在でも精力的に取り組んでいます。
それこそ20世紀末あたりからカセットテープ、MD、CDなどの録音媒体を経て、現在はmp3をMixcloudやSoundcloud等に定期的にアップロードするに至ります。
公開の意義について、DJだからこそプロモーションとして当然のアクションとも言えますが、個人的にはライブラリに保管してある膨大な楽曲群を、DJ MIXによって整理整頓していく「収納的な」意味を合わせ持ちます。
特にクラブミュージックは流行のサイクルが短いため、およそ半年前の楽曲なら、すでに過去の遺物として扱われることも多々ありますよね。
そうした中で、適時DJ MIXという1つの塊にコンパイルしておくことは資料的価値としても十分意味のあることだと確信しておりまして、これは冒頭で述べたMIX CDというパッケージにも共通する理念となります。
後になってその時代の音楽を自分自身で再確認出来るわけですから、これがDJ MIX制作のモチベーションにもなっているのは明らかです。
もちろん、承認欲求を満たすという側面があるのも否めませんが。
例えば、このGlobal UndergroundシリーズはMIX CD文化の象徴でした。
レーベルのコンピという形でありながら、各作品ごとにディレクションするDJを交代させることで、DJの社会的地位を向上させた功績は非常に大きいと思います。
このシリーズがなければ、SashaやJohn Digweedはここまで神格化されなかったかもしれません。
さて、前置きが長くなりましたが、久々にDJ MIX作品を紹介します。
Enhanced Musicというレーベルが企画したもので、今回のディレクションを担当しているのはTritonalです。
ジャンルの細かい話をすると、序盤から中盤にかけてはProgressive House及びMelodic House & Technoといったテーマに沿って展開しております。
それが後半から終盤にかけては、およそ一般のリスナーが想像するようなEDM系のポップなクラブミュージックへと昇華されています。
僕の解釈では、Progressive HouseとはSashaやJohn Digweed、そしてこの過去記事にあるNick Warrenといった、今では重鎮と呼ばれるHouse系プロデューサー達が1990年代に一世を風靡したクラブミュージックを指します。
当時の日本ではKo KimuraさんやSatoshi Tomiieさんらが有名でした。
その後、EDMというワードが流行りだした頃に、このProgressive Houseという定義が拡大解釈されてしまい、DJ市場に混沌がもたらされました。
当ブログでも、この件については何度も苦言を呈しています。
果たしてその中身は、起承転結含めて、全体の流れをしっかりと計算し尽くしたものとなっており、DJ MIXとしての完成度の高さを強く感じた次第です。
特に、構成力が秀逸ですね。
ちなみにこの構成力とは、DJ MIXに必要不可欠な要素の1つです。
DJ MIXを考える時、僕は常に以下の3つの要素を評価軸としています。
- 構成力
- 意外性
- 安定感
以上の3要素は、ジャンル問わず、DJ MIXがエンタメとして存在する意義にも該当する部分です。
つまり、作品としての価値とは、上記の3要素がしっかりと機能しているかどうか。
良い機会なので、これについては以下に詳しく解説します。
1.構成力
構成力とは、要するに選曲に端を発する全体の流れを指します。
この世に存在するDJ MIXには、何らかのコンセプトやテーマが必ずあります。
ディレクションするDJは、その主題を体現するために、楽曲という音源パーツを組み合わせていくわけです。
例えばこれが現場(クラブ)になりますと、事前に大まかなパーツを選んでおくとはいえ、その時のフロアの状況を見ながら、即興でパーツを組み替えていきます。
ここがDJにとってもオーディエンスにとっても、即興芸術たる醍醐味の部分でありまして、少なからずDJとしての経験値にも大きな差が出てしまう部分と言えるでしょう。
2.意外性
意外性とは、簡単に言えば、恋愛におけるギャップにも似ています。
「こんなにチャラそうなのに、凄い真面目で漢らしい、、、」みたいな?
それはさておき、ジャンルで言えば、Tranceの選曲にTechnoやHouseな選曲を混ぜたり、その逆も然りですが、リスナーに心地良いサプライズを与えていくことが重要と考えます。
一体なぜでしょうか。
理由は2つあります。
1つは、DJ MIXという性格上、どうしても尺が長くなるということ。
僕の中では60分というのが1つの目安となりますが、それだけ長い時間を聴いてもらうには、何らかのサプライズ的なアクションがないと、リスナーは飽きてしまいます。
従って、最後まで聴いて頂くには相応の工夫が必要だということです。
もう1つは、これが大変重要なのですが、ジャンルにおける拡大解釈の正当性を表現出来る、絶好の機会だからです。
どんなDJにとっても、ジャンルのクロスオーバーは腕の見せ所です。
先ほどの経験値という話にも通じますが、巷でセンスが良いDJというのは、このクロスオーバー的な思考の持ち主であることが大前提なのです。
自信たっぷりに断言しちゃってますが、少なくとも20年以上に渡って国内外のクラブシーンを眺めてきた自分にとって、センスの良いDJとはプレイにおける意外性をしっかりと体現している方々でした。
特に僕はALL MIXという現場からキャリアをスタートさせましたので、このクロスオーバー的な思考については決して揺るがない一家言を持っています。
長くなりますので、この辺はまた別の機会に。
3.安定感
安定感については言うまでもなく、リズムやグルーヴはもちろん、世界観を乱さないという意味です。
単純にBPMが速くなったり遅くなったりするような演出を指しているのではなく、自身のDJ MIXに漂うコンセプトやテーマを破綻させないよう、常に注意を払っているかどうか。
少し技術的な話をすると、レコードでDJをやっていた時代は、こうした安定感を持続させることに、プロアマ含めて全てのDJが苦労していました。
現在は機材の進歩によって、BPMを合わせることも容易になりましたので、そういったスキル的な不安は完全に払拭されたと言っても良いでしょう。
当然ながら、技術的な安定感もそうですが、最初に述べたように、選曲の安定感も同時に求められます。
「あのDJなら間違いない」と、お客さんやスタッフ、そしてオーガナイザーに思わせることが人気DJへの近道となりますから、この安定感をないがしろにすると、いつまで経ってもフロアからの信頼を得られませんよね。
すなわち、DJとしてのパフォーマンスには常に安定感が求められるという事実。
現場でミスったとしても、すぐに立て直すことが出来ますか?
これはフィギュアスケートなどにも通じる、演者としての矜持的な部分です。
これ以上は長くなりますので、やめておきますね。
歳を取ると説教臭くなって語り過ぎちゃう、というのは百も承知で書いておりますので、読者の皆様には僕の駄文に一喜一憂することなく、華麗にスルーをお願いいたします。
僕自身、当初から「DJとは職人である」という持論でもって活動していますので、巷に数多あるDJ論の1つとして捉えて頂ければ幸いです。
DJは職人であると言及しましたが、一方で表現者でもあります。
賛否あると思いますが、DJをやるなら、まずは職人を目指すべきではないでしょうか。
確かなスキルが備わっていなければ、肝心の表現が出来ないからです。
ただし、貴方が音楽プロデューサーを目指すのであれば、DJスキルはひとまず横に置いといて、楽曲制作のスキルを優先するのが得策です。
それが成功の近道に他なりません。
以上の点を踏まえて、本作「Enhanced Music Best of 2020」を聴いた時、その構成力、意外性、安定感は文句なしと思いました。
元々がレーベルコンピの意味合いもありますから、意外性については食い足りなさは感じてしまいます。
それはそうでしょう、だってこのレーベルの楽曲しか使えないわけですからね。
そこを考慮しても、右肩上がりのグルーヴがとてもナチュラルで心地良い。
特に後半はポップ過ぎる側面もありますので、好き嫌いは分かれると思いますけど、これほど「メロディアスなのにコンティニュアス」なDJ MIXはあまり巷にも転がっておりません。
本作で大事なことは、一見して序盤と終盤でその音楽性は異なるものの、どちらも「同じ線上に位置している音楽」という紛れもない現実を目の当たりに出来ることではないでしょうか。
後半のポップなEDMも、序盤の展開からは想像しにくいですが、両者に水と油のような隔絶した疎外感は一切ありません。
ナチュラルという言葉を先ほど使ったように、極めて自然な流れでアンダーグラウンドとオーバーグラウンド、双方を手軽に味わえる作りとなっているのです。
これが本作における本当の意義ではないでしょうか。
Tritonal(トライトナル)は今年で結成13年目。
業界的には10年を超えると中堅~ベテランの領域です。
彼らの音楽性はその都度変遷していますが、芯はブレていません。
そこが彼らへの支持の源流にもなっているような気がします。
何はともあれ、レーベルコンピで尚且つ2020年にリリースされた楽曲のみを使用するという、DJがディレクションするには相当苦労したのではないかと思います。
それをサラリとコンパイルしているところに、職人としてのTritonal、そしてまた表現者としてのTritonalに拍手を送りたい気持ちです。
さすが、結成13年目にもなると、風格すら漂わせていますね。
カタログ的な価値と、DJエンタメとしての価値。
その両方を満たしてくれる本作は、まさにMIX CDの教科書的作品ではないでしょうか。
春のドライブや外出のお供に、ぜひ楽しんで頂ければと思います。